こんにちは、取締役の id:onishi です。
Hatena Developer Blogの連載企画「卒業生訪問インタビュー」では、創業からはてなの開発に関わってきた取締役の id:onishi、CTOの id:motemen、エンジニアリングマネージャーの id:onkが、いま会いたい元はてなスタッフを訪問してお話を伺っていきます。
id:onishiが担当する第13回のゲストは、「マネタイズが得意なエンジェル投資家(@yukawasa)」のid:kawasakiさんこと、川崎裕一さんです。
kawasakiさんは、慶応義塾大学経済学部卒業後、インターネット企業数社を経て、2004年8月にはてなに入社。同年12月には取締役副社長に就任し、ゼロから広告事業を立ち上げるなど、マネタイズを中心に創業期のはてなの成長を支えてくださいました。
2009年に起業のためはてなを卒業後、株式会社kamadoを設立。2012年にkamadoが株式会社ミクシィ(現:株式会社MIXI)に売却となり、2013年からミクシィの執行役員・取締役などを務めました。2014年からは、スマートニュース株式会社で、執行役員広告事業責任者として投資事業を担当し、事業拡大に貢献した後、2024年4月よりエンジェル投資家として活動されています。
現在、投資家としてどのように経営者たちを支援しているのか、これまでの転機とスタートアップへの想いなど、お話を伺いました。
川崎 裕一さん(id:kawasaki)
2004年8月~2009年11月 はてな在籍
X:https://x.com/yukawasa
Blog:https://yukawasa.hatenablog.com/
note:https://note.com/yukawasa
- 「マネタイズが得意なエンジェル投資家」
- 人に投資する
- はてなを卒業した後は、自分のサービスを立ち上げ
- 面白いサービスを生むスタートアップには自分のような投資家が必要
- インターネットの好きなところ
- はてなでの経験と、はてならしさ
- 馬車馬のように働くのは期限付きでOK
- いまのはてなはどう見てる?
「マネタイズが得意なエンジェル投資家」
id:onishi(以下、) 今回は、id:kawasaki さんをゲストにお招きしました。よろしくお願いいたします。
id:kawasaki(以下、) この連載、いつ呼んでもらえるのかなって楽しみに待ってました(笑)。お招きいただきありがとうございます。
こちらこそありがとうございます。お会いするのは、かなり久しぶりなんですよね。
そうですよね。なおやん(id:naoya | 株式会社一休 執行役員CTO 伊藤直也氏)とかいけぽん(id:tikeda | 株式会社くふうカンパニー デザイン専門役員 / デザインアンドライフ株式会社 代表取締役 池田拓司氏)や、この連載にも出ていた yosuke(id:yosuke | 株式会社メドレー 上級執行役員 石崎洋輔氏) とは、いまだに飲みに行ったりしているので、いわゆるはてなの古参メンバーとは絡んでいますけど、onishiさんとか在籍中の方々とは何年かぶりになっちゃいましたね。
kawasakiさんがはてなにいらっしゃったのは、2004年から2009年でしたから、もう15年前なんですよね。
15年も経ったんだ。びっくりする。代官山にオフィスがある時代に入社して、jkondo(id:jkondo | はてな創業者・非常勤取締役 近藤淳也)たちがシリコンバレーにHatena Inc.を立ち上げに行って、帰ってきてから烏丸御池と中目黒の二拠点制になったくらいの時期ですね。青春だ。
京都/中目黒時代は僕は京都のオフィスにいたので、kawasakiさんとはほとんど接してないんですよ。でも、オフィスが代官山だった時代は一緒にやっていましたよね。
なんだっけ、ユーザーさんの要望やアイディアを寄せてもらって企画検討するミーティングとかをやってた気がする。
いま思えば、ポッドキャストをだいぶ先取りしてた感じがありますね。さっき、その頃を思い出しながら、いまの表参道オフィスまでの道を歩いてきました。
まずは現在のエンジェル投資家としての活動についてお伺いしたいです。kawasakiさんは現在、「エンジェル投資家」を肩書とした投資家の仕事が一番メインなんでしょうか。X(旧Twitter)の自己紹介にも、最初に書かれていますよね。
「kawasaki@無職」とか書くと何やっているか分かりにくいから(笑)。だから、エンジェル投資って書いているけど、スタートアップ企業への投資家という表現が一番分かりやすいかなと思っています。
仕事時間の7割ぐらいは、スタートアップのアドバイザリー活動に使っていますね。最近は株式会社Luupの社外取締役や、求人広告型のM&Aマッチングプラットフォームを提供する株式会社M&Aクラウドの社外取締役、その他も非公開で数社のアドバイザーを務めています。
残りの3割はスタートアップで創業した人に出資・投資をしています。
そうですね。ベンチャーキャピタルの方とか起業家の方が相談を受けて、投資のフェーズじゃなくてもアドバイスしているので、地続きですね。
スタートアップに助言や投資をし、次世代人材を育てるといったお話ですけど、事業家から投資家への転換点はあったのですか?
もう25年も事業家をやってきて、そこで得た経験・知識を若い世代に引き継いでいきたいという気持ちに自然と変わっていきました。スタートアップで自分が無限に働くのは、もう何回も経験したから、それはもういいかなって(笑)。
スマートニュースを24年3月に辞めた時に、自分の優先順位の一位を家族にすると決めたんです。2番目は健康、3番目が仕事。そう決めた以上は、自分の働き方を柔軟にしたい。アドバイザーや投資は、自分の判断でできるし、時間調整もしやすいから、そういった点でも今の自分に合ってるなと思いました。上場企業の取締役も含めていろいろ経験すると、自分がやることで果たせる役割や社会に対するインパクトよりも、投資家やアドバイザリー活動のほうが成果を出しやすいという気持ちになったというのもあります。
機会があればあるかもしれないけど、今のところは自分が自分の時間を投入してでもやりたいと思えるものがないですね。人の役に立つ方が面白い。Luupにしても、M&Aクラウドにしても、アドバイスしている企業に対しても、自分がやるというより、そこで事業に取り組んでる人たちをサポートするほうが面白いと感じてるところです。
誰かの役に立つほうが面白いという気持ちはわかる気がします。僕もはてなの仕事がメインだとは思いつつ、「社会貢献したい」とか「将来のエンジニアを育てたい」といった、自分が何か作るよりも育てたいみたいな想いも生まれてきますよね。
人に投資する
ベンチャー投資家にもいろいろなタイプがいらっしゃると思うんですが、kawasakiさんの場合、例えば、そこでお金を得ようみたいなモチベーションってお持ちなんですか?
投資家ってお金に執着ありそうなイメージはありますよね。それは否めないんだけど、現実的には全然儲からないんですよ。ベンチャーキャピタルには10年のファンドの償還期限があるので、10年経ったら持っている株式を現金化して損をしようが得をしようが返さないといけない。10年以内で上場はかなり難しいし、M&Aも実現される可能性も決して高くはない。
エンジェルというのは、それの縮小版みたいなものです。資金量もすごく少ないし、全然儲からない。自分の場合は、なぜやっているかといえば、やっぱり面白いから。インターネットが好き、スタートアップが好きだから、やらないといけないと思っています。
自分も起業して、いろんな方にお世話になったっていう恩返し的な面もありますね。儲けるだけなら、サラリーマンが一番儲かるんですよ。労働力が一番儲かるって事実は否めない(笑)。
kawasakiさんは「マネタイズおじさん」を名乗っているので、「マネタイズが好き=お金が好き」というイメージがあって、その延長に投資家っていうのがあるのかなって誤解をしている方もいる気がしたので、投資で儲けようというモチベーションはお持ちなのか質問してみたかったんです。
それは全然誤解でなくて正解です。ただどちらかというと、お金に興味がない人が多すぎた結果、僕が面倒を見ざるを得なくなったという方が芯をくっている気がします。だから、全然嘘じゃなくて正解。お金が好きです(笑)。
お金が好きだけど、お金儲けをゴールとして投資家されているわけではないということですね。
お金が儲けられたら、お金に縛られないでしょうっていう話ですよね。儲かるなら儲かる方が当然、嬉しいですね。自由度が増える。会社もやれることも増えますしね。
投資先を選ぶ基準とか、こういうところに投資したいみたいなのって決めてらっしゃるんですか?
投資家にもいろいろタイプの人がいるんですよね。例えば、PerlやRuby、最近だとAI関連など、「この技術が好き」っていうタイプですね。人事系やSaaS系などの事業ドメインで決める投資家もいます。僕はあまりメジャーではないのですが、人に投資するタイプです。
例えば、はてなもお金を得るには最初は受託事業だけだったけど、「はてなポイント」といった課金サービスや広告を始めたら、全然違う会社になったじゃないですか。会社は事業やテクノロジーで変わっていくんですよね。
でも、人というのは、変わらない。そういう変わらないものの方が評価しやすい。だから、自分は人を見て投資するようにしています。
では、どういう人がいいかというと、僕はやっぱりエンジニアの方がいいですね。あとは、変わった人の方がいい。自分が見捨てたら人生詰むみたいな人の方がいいと思っています。そういう人と仕事をやりたいんですね。初期のはてなのエンジニアたちだってそうだし、MIXIやスマートニュースにもそういう面白い人たちがいたのが魅力でした。
自分の時間を大きく割くのか、投資家として一部株を持たせてもらうかで関わり方に違いはあるけれど、人に投資するというのは変わりません。
エンジニアが好きで、技術に投資するというよりは、エンジニアのその人の人柄に投資するというのは面白い観点だと思いました。kawasakiさんは以前からエンジニアが好きですよね。はてなに飛び込んで入社したのも、まだ僕も含めて数人しかいなかった頃でしたし。
そう。6人目でした。はてな創業メンバーはみんなjkondoの友達だったから「初めて友達以外の人が来た!」みたいな(笑)。
入社前にjkondoに会う機会があって「はてなのサービスは好きだけど、正直お金儲かんないじゃん」という気持ちでいたので、jkondoに「大変ですよね」みたいな話をしたんです。でも、そんな風に言うだけなのってすごくかっこ悪い気がしてきたので、自分だったらはてなのマネタイズをどうするかという話をしたんです。特に広告事業の提案をした覚えがあります。そしたら、それをjkondoが気に入ってくれて、熱心に入社も誘ってくれました。「じゃぁkawasakiさんやってよ」って。
2003年頃、kawasakiさんが入る前のタイミングでリリースした「はてなダイアリー」は、ネットの新しいもの好きな方には結構ウケていて、話題にはなっていました。ただ、実態としては、受託でしか売り上げが上がらない状態でもありましたね。
jkondoと「受託でずっとやっていくのか」と話し合いをしました。「それは避けたい」と言っていたので、広告の話を始めたのですが、当時は広告も売れてなかったので、ちゃんと売れるようにしようとか議論しましたね。
その後、「はてなブックマーク」「はてなスター」「はてなハイク」「はてなキーワード」など、どんどんサービスを作っていったんですよね。やっぱりタイミングってあるんだなと思ったのは、その頃から世間から認められるようになっていったんです。
なおやんやいけぽん、 こっしー(id:kossy | LINEヤフー株式会社 輿水宏哲氏)や梅田さん(梅田望夫氏)たちが入って、経営陣も強化されて勝負するべきタイミングが来ていました。資金調達や上場をもっと早くしてもよかったかもしれないくらい。タイミングというのはすごく重要ですね。
タイミングが来たときに勝負をかけられるように、投資家がいるとも考えられるわけですよね。
当時のはてなには、プレッシャーとかそういうのがなかったですからね。基本的に自己資金だけでやっていたからこそ、あれだけ変わったプロジェクトを作れたという面はあったと思います。
はてなを卒業した後は、自分のサービスを立ち上げ
kawasakiさんが2009年にはてな卒業を決められたことについては、当時のブログに書かれているんですよね。
まだ読めるんだ!やっぱり、はてなはすごいですよね。年月が経つと読めなくなったり、記録すらなくなったりしてしまうブログサービスもあるのに。尊いです。
このエントリーにも思いが書いてありますが、はてなを辞めてご自分のサービスを立ち上げたというのは、kawasakiさんらしいなと思いました。
他社に転職したいという気持ちはゼロでした。jkondoにも「自分でやりたくなった」という話をしたのを覚えてます。川崎家は代々みんな起業家だったというのもあって、いつか自分もという気持ちもあったし。はてなでいろいろ経験させてもらって、いま思えば経営の「け」くらいなんだけど、それでも当時はちょっと分かった気になっていたので、自分でやってみようという気持ちに変わった時期でしたね。
今振り返ってみて、kamado(kawasakiさんがはてなを卒業後に起業した会社)はどうだったんですか?
いい経験ではあったし、いろいろな気づきもありましたよ。例えば、僕は起業家には向いてないなっていう(笑)。その気付きは大きかったですね。
僕はエンジニアじゃないから、プロダクトは誰かに作ってもらわなきゃいけないところもあります。それなのに自分の世界観は結構あるタイプなので、こだわればこだわるほど、プロダクトがリリースできなくなる。そこがちょっとダメでしたね。
一方、お金儲けについては、はてなでも、その後のMIXIでも、スマニューでも、一個たりとも外してない。自分は起業家じゃなくて、起業家を支える側の方がパフォーマンスも出る。それに気づくことができました。
支えるというのは、お金を儲けられるようにするというやり方もあれば、投資をするというやり方もあります。そっちの方が、自分は楽しいし、無理がない。無理がなければいい仕事ができると思ったから、それはすごくいい経験でした。
面白いサービスを生むスタートアップには自分のような投資家が必要
これまでご自身で起業した会社やいま支援している会社も含めて、いろいろな会社を見てきてらっしゃいますが、それらの会社とはてなとの違いを感じた点は何ですか?
いまのはてなとの比較ではなく今と昔の話になるけど、当時はものを作る人が一人だけでしたよね。当時のはてなにあった、どの言語だろうが、どのDBだろうが、あんまり整合性を取らずに先に手を動かして作っちゃうところは、面白かったなと思いますね。
他の会社だと、ものを作るときは、ちゃんと計画して、会社で普及してる言語を使って進めるじゃないですか。当時のはてなは、面白いものがあればすぐ作っちゃう。それはすごい差ですよね。
たしかに、以前は特にそうでしたね。今のはてなはさすがにもうそういう作り方はしていないですが(笑)。他社さんも含めて、あの頃とどういう差があるんでしょうね。
みんな難しく考えすぎてるっていう説はないですかね。以前のはてなには、「わたしも、みんなも欲しいって思うものを作っているんだから、いいじゃないか」という雰囲気がありました。今はいろいろなノウハウや技術が世の中に広まっています。
その中から、最小限の機能で開発しようとか、マーケットサイズに合わせて作ろうとか言い出すから、考えれば考えるほど、腰が重くなるし、いろいろな人が巻き込まれて、また遅くなっていく。
kawasakiさんは投資家なので、「ちゃんと市場に合ったものをマーケットインで作って」と言わざるを得ないことを寂しいと思いつつ、面白いものをポンって作って儲かる時代ではなくなってきたことにも残念さを感じているということでしょうか。昔は良かったねみたいな。
いえいえ、逆です。だからこそ自分のような投資家が必要だと思っています。面白い人が、面白い人のままでなんとかなるっていうのが、今はなさすぎるから。面白い人が面白いプロダクトを作るのが許されないのはなぜかというと、説明力をその人に求めるから。
スタートアップのファウンダーは、プロダクト側の人が多いじゃないですか。むしろそうじゃなきゃいけない。だから、スタートアップのファウンダーはプロダクトを作ることに集中すればいい。お金儲けを考えた事業計画をなんていう凡庸な仕事は、面白いものを作れる面白い人が自分でやるんじゃなくて、僕みたいな人に任せたらいいんですよ。
この凡庸な仕事ができる人材はあふれていて、ヤバいものを作る変で面白い人が全然いなくなっている。そうした面白い人たちを絶滅させないようにするのが、自分のある種の役割。それを今、投資家としてやっていこうと思っています。
ネットワーク広告が強い時代は面白いものを作って、インプレッションがあればお金が入って来るから、面白いものを作ればなんとかなるみたいな空気があったじゃないですか。
今はネットワーク広告が弱くなってしまって、面白いものを作ってもどうマネタイズするのか、みんな悩んでいると思うんですよね。そんな中で、そういう風に言ってくれる投資家がいるのが、すごい勇気をくれる話だなと。はてなの社員にも聞かせたいです。
ものづくりって、最初は勢いでテンション高くやるんだけど、やり続けるとテンション低くなってくるんですよね。だから、やり続けるためにはどっちにしても、ヒト・モノ・カネが必要になってきます。
その時に、僕のような投資家やエンジェルみたいな人がいればいいだけの話であるものの、エンジェルや投資家がいたからって、いいものが作れるというわけではないんです。勢いと妄想でめちゃくちゃテンションが高いときに相談してくれれば、役に立つ人というのは、僕のようなタイプなのかなと思います。
面白いサービスを作る面白い開発者のそばにkawasakiさんがいるというのは、これまでのはてなにもMIXIさんやスマートニュースさんにも共通してますもんね。
そういう面白い人たちがいなかったら、この世に良いサービスなんてないですからね。さっきも言ったように、kamadoをやってわかったことは、自分にはサービスを作れる才能はない。だけど、初期のはてなに僕がいなかったらどうだったんだろうな?とか。MIXIの苦しい時期に僕がいなかったらどうだったんだろうかな?とか。スマニューのその時期にいなかったらどうだったんだろうな?っていうことを考えると、自分はすごく仕事したなと思えてハッピーな気持ちになります。
インターネットの好きなところ
kawasakiさんはもともとインターネットが好きじゃないですか。インターネットをもっと良くしていこうという想いも、はてなとの共感ポイントだったと思っています。インターネットの何がそんなに好きなのか、そういう青臭い話も聞きたいですね。
インターネットが過去のルールとかを壊して、自由にしてくれたところですかね。
例えば就職先の話にしても、僕は大学が経済学部だったので、インターネットとの関連はなかったけど、周囲のみんなは銀行や商社、メーカーといった企業に就職していました。お世話になった先輩の話を聞くと、やっぱり会社や仕事のやり方などのルールがガチガチなんですよね。
一方、当時のインターネット業界は、誰も経験している人がいないから無法地帯でした。僕はそこで「自分でルールが作れる!」って感じたんです。社会に馴染めてるようで馴染めてないみたいなところもあるなと自覚してましたし。だから、インターネット業界だったら生き残れるし、これが伸びなかったら、僕の人生詰むと思いながら、そこが伸びていくように頑張るしかなかった。階層化されていて、ルールがガチガチみたいななかだと自分は輝けない、楽しめないなと考えていました。
とはいえ、業界やサービスの大きい・小さいとか、資本やユーザーの話などの観点はありつつも、まだまだ全然フラットだと思っています。
プラットフォームが囲い込みをするようになって、分断化はすごく起きているなとは思います。それでも、バズらせたかったら、パーマリンクで広めようというのは変わらないですからね。
そうそう。今は当たり前だけど、自分が何か言いたい時に、インターネットがあるというのはすごくフェアだと思うんですよね。例えば、自分の意見は本当はこうなのに言えない、自分の発言する場がないという状態を軽減してくれます。
僕が大学を卒業したのは1999年だけど、その時は自分で発言する場所がなくて、自由に発言しようと思ったら自分でコードを書いてホームページを作らなくてはいけなかった。そこから、「はてなダイアリー」などのサービスが出てきて発言する場ができた。この先陣を切ったサービスの一つは、はてなだったというのは、私は疑いのない事実だと思うんですね。
kawasakiさん、前はインターネットによく文章を書いていましたけど、最近はあまり書いていないですね。
ネタがないんですよね(笑)。文章を書くのって、勢いみたいなものが大事じゃないですか。僕はこう思っているというような、その文章を世に問うみたいな感じですよね。世の中にはたくさん面白い人がいるから、世に問うことや面白いことが言えないときは、お任せしようかなと。
そう、ちょっといいこと言いたいから(笑)。Xでも、なんかいいこと言おうと思って考えるんだけど「もうちょっといいこと言えるんじゃない?」みたいになって、最終的に「おはようございます」しか投稿できない(笑)。
Xといえば、プロフィールは盛っているんじゃないですか?「はてな取締役副社長としてゼロから広告事業を立ち上げてIPO」って書いてありますけど、kawasakiさんが2009年に辞めてからIPOまで7年ありましたので、在籍中にIPOしたと勘違いされてると思います(笑)。
これは自分がどう思ってるかが大事だから(笑)。広告事業を立ち上げて、僕が抜けることも含めていろいろあって今に至る。いまも株主として応援していますし、上場については僕がいなかったら成し遂げていないと思いますよ、という思いを込めて。
はてなでの経験と、はてならしさ
めちゃくちゃいろいろ役に立っていますね。例えば、人の採用のやり方とかですね。僕は、当時の360度評価はアンチだったし、意味がないって意味で学んだと思っています。
あとは、ストックオプション設計を当時の相談役に教えてもらって設計したり、会社の取締役会の構成について、梅田望夫さんに入ってもらって相談に乗ってもらったり。最初にそうしたことをやるきっかけの多くは、はてなから得ていましたね。
あと、今のはてなはわからないけれど、自分がいたときのはてなはいろいろな人が、いろんなことを勝手にやっていた。ある種のカオスな感じっていうのが魅力でした。そういうエンジニアの人が、ある種の無軌道に作っていくというのが「はてならしさ」だと思っていて、その文化に触れられたというのもすごくいい経験だったと思います。
無軌道さもあるけど、真面目さもあるみたいなところもありますよね。
はてなのサービスは、自分の力を動力源として作っているところがいいなと。人力検索はてなやはてなダイアリー、はてなブックマークとか。作っているプロダクトの「はてなっぽさ」が通定するものがある。そこがいいんですよね。
作るサービスもそうだし、エンジニアが真面目さと無軌道さを持ちながら、勝手にものづくりしちゃうみたいなカルチャーを作り上げたというのは、創業者であるjkondoの非常に大きな功績だと思いますね。
馬車馬のように働くのは期限付きでOK
先ほど、現在のプライオリティは家族だと言っていましたよね。SNSなど見ていると、お子さんのスポーツのサポートもすごく頑張っていて、子育てにもかなりコミットしていらっしゃると感じました。
スマートニュースを辞めるときに、妻と長く話したんですが、僕は「家庭のことを全然やっていない」と言われたんですね。だからそこからは、ちゃんとやろうと決心して、朝はお弁当を作ったり、娘の宿題を見たり、習い事の送り迎えなどをやるようになりました。
やってみて初めてわかったのが、確かに全然やっていなかったなって(笑)。だから、これからはそういうことをもっと楽しみたいっていう気持ちが、歳を重ねるうちに出てきました。スタートアップってむやみやたらに働く価値観がありますよね。でも、それは期限付きではOKだけど、一生続けるということに対しては、明確に反対なんです。
馬車馬みたいに働くみたいな価値観はあっていいと思うけど、今はそうじゃない価値観があると考えています。ある種、宗派を変えたと言えるかもしれませんね。
投資先のベンチャーは、最初は馬車馬のように働いているんじゃないですか。
フェーズを分けると、馬車馬のように働く時期も絶対必要です。勉強も仕事も、量が質に変化するからです。量をたくさんやらないと質は出ない。いきなり質にはならない。量をたくさんやらなかったら、生産性って上がらないじゃないですか。
だけど、それだけでは会社は大きくならない。上場してからは特にそうですね。やはり会社の仕組みとして開発するなど、同じルールを続けているだけでは企業は成長しないと思います。
いまのはてなはどう見てる?
この連載では最後に卒業生の方にコメントをもらっているので、はてなに提言があれば教えてください。
面白いサービスを作ってほしいなって思っています。僕はいまだに株主ですけど、市場の期待としてもそれはあるんじゃないかな。そこに応えてもらいたい。
消費者が何の問題に直面していて、その問題をはてな的にどう解くかということをやってほしいです。今のはてなは法人向けに寄っているけど、もともとは消費者向けのサービスなので、消費者向けのものを作ってほしい。
消費者向けにものを作っているインターネットサービス企業って、意外に少ないんですね。はてなはもともと消費者向けサービスから始まっているのだから、それをやってほしいですね。爆発力というのは、そういうところから生まれるものじゃないですか。リスクも高いけど、爆発力も高い。卒業生としては「面白いはてな」に期待しています。
会社の株価というのは、会社が将来稼ぎ出すと想定される利益の合計を割ったものプラス期待値で成り立ちますよね。その期待値には、既存事業の成長性の期待値は折り込まない。新しいことにチャレンジした方がいい。そういう素地がある会社に期待値が生まれるのです。
会社の時価総額が高い会社であればあるほど、将来のキャッシュの見込みのみでは企業価値が算定されない。逆に言えば、はてなは今の既存事業の利益の累積でしか評価されていない。僕が期待するはてなというのは、そうではないっていう話です。
kawasakiさんからそうしたコメントをいただけると思っていなかったので、ちょっとジーンと来ています。もちろん法人向けもいいプロダクトを出せているという実感もあるので、そこはやっていきますけども。加えて、そういう面白さへの期待はすごく嬉しいです。
ありがとうございました。今日はとてもいい話が聞けた気がします。
id:kawasakiさんこと川崎さん、ご協力ありがとうございました。次回の「はてな卒業生訪問企画」は2025年3月頃更新予定、担当はid:motemenです。
id:onishi
大西 康裕(おおにし・やすひろ)
取締役 組織・基盤開発本部長 兼 人事部長
2001年に創業メンバーの1人として有限会社はてな(当時)に入社。その後「はてなブログ」の立ち上げや事業化を指揮。はてなのサービス・システムの開発本部長を経て、2022年5月より現職。組織開発及びシステム基盤開発を統括する本部長と人事部長を兼任し、経験を活かした多角的な組織開発に取り組む。
Twitter: @yasuhiro_onishi
blog: 大西ブログ